建築物の資源循環を進めたいものの、建材情報をどう管理すべきか判断に迷う建設事業者は少なくありません。マテリアルパスポートは、使用建材の情報をデータベース化し、解体後の再利用や資源価値の可視化につなげる仕組みとして、国内建設業界でも導入検討が始まっています。本記事ではマテリアルパスポートについて詳しく解説いたします。
マテリアルパスポートとは
マテリアルパスポートとは、建築物に使用される建材の種類、量、性質、調達元などの情報をデータベース化し、解体後の再利用や資源価値の可視化に活用する仕組みです。建設業界では、建物のライフサイクル全体で建材情報を一元管理する手段として位置づけられています。
建材情報を記録するデジタルデータベース
マテリアルパスポートの基本は、建材ごとの情報をデジタル上に記録し、いつでも参照できる状態にすることです。記録される情報には、建材の材質や数量、施工時期、調達元、リサイクル可能性などが含まれます。建物を「一時的な建材の保管庫」として捉える点が、従来の建材管理との大きな違いです。
建設現場では、竣工後に使われている建材の詳細を正確に把握できていないケースが少なくありません。マテリアルパスポートを導入すれば、解体や改修の段階でも、どの建材がどこにどれだけ使われているかを確認しやすくなります。これにより、元請企業と協力会社の間での情報共有もスムーズになるでしょう。
発祥の経緯とオランダ発のプラットフォーム「Madaster」
マテリアルパスポートの考え方は、欧州のサーキュラーエコノミー政策や建築分野の研究を背景に発展し、オランダを中心に実装が進められています。
その代表例が、オランダのMadaster社が開発した資源循環データプラットフォームです。Madasterのプラットフォームは、建設物のCADデータ(BIM/CIM)と資材仕様やトレーサビリティに関するデータを連携させ、建材ごとの環境インパクトを数値化する仕組みです。
すでにオランダだけでなく、ドイツやベルギー、英国など複数の国で実証プロジェクトが進められています。日本国内でも、大成建設がMadaster社と提携し、日本版プラットフォームの構築に着手するなど、導入検討の動きが出てきています。
マテリアルパスポートが建築分野で注目される背景

マテリアルパスポートが注目される背景には、建設業界が資源消費や廃棄物排出において大きな割合を占めているという課題があります。建設現場では、解体時に発生する産業廃棄物や、製造・施工過程で生じる資材ロスが長年の課題とされてきました。
建設業界の資源消費・廃棄物量の大きさ
建設業界は、資源使用量や廃棄物排出量が他産業と比べて大きいことが指摘されています。解体材のリユースやリサイクル素材の活用は、環境負荷の低減だけでなく、原材料費の削減や資源枯渇リスクの回避にもつながる取り組みです。
国土交通省の資料では、建設工事に伴い副次的に得られる建設発生土やコンクリート塊、建設発生木材などを「建設副産物」と定義し、その適正処理やリサイクルの推進を求めています。
建設副産物の再資源化を進めることは、建設事業者にとって法令対応と資源循環の両面で重要な取り組みです。こうした背景から、建材の情報を可視化し、再利用しやすくするマテリアルパスポートへの関心が高まっています。
サーキュラーエコノミー(循環経済)への転換の流れ
サーキュラーエコノミーとは、資源を「採取、製造、使用、廃棄」と一方通行で消費するのではなく、再利用や再生を通じて資源を循環させる経済のあり方です。経済産業省は「成長志向型の資源自律経済戦略」において、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会から、資源の効率的・循環的な利用を進める社会への転換を掲げています。
環境省も、循環型社会形成推進基本計画の策定指針において、製品や事業のライフサイクル全体で資源循環を進める方針を示しています。マテリアルパスポートは、こうした循環経済の実現に向けた具体的な手段の1つです。建設業界においても、設計段階から解体後の再利用まで見据えた資源管理が、今後の実務上の論点になりつつあります。
参照:経済産業省「成長志向型の資源自律経済戦略」 環境省「循環型社会形成推進基本計画」
建築分野におけるマテリアルパスポートの仕組みと関連制度
マテリアルパスポートを建築分野で機能させるためには、既存の設計・施工ツールや国内の関連制度との整合性が重要になります。ここでは、BIMとの連携や国内の建設リサイクル制度、EUの関連制度との関係を整理します。
BIMとの連携による建材情報の一元管理
マテリアルパスポートは、単独のデータベースとしてだけでなく、BIM(Building Information Modeling)と連携させることで実務上の活用がしやすくなります。BIMは、建築物の形状や設備情報を3次元データとして扱う設計・施工支援ツールであり、建物のライフサイクル全体でデータを蓄積・連携できる点が特徴です。
国土交通省が公表しているBIM関連のガイドラインでも、建築データの活用は建物のライフサイクル全体のデータを効率的に蓄積・連携・活用するためのものと位置づけられています。
建材の仕様データをBIMと連携させることで、施工後も部材の位置や仕様を正確に追跡できるようになります。これは、改修や解体の計画を立てる際の実務上の判断材料としても役立つでしょう。
建設リサイクル法など国内の関連制度
国内では、建設リサイクル法により、一定規模以上の解体工事や新築工事について、分別解体や再資源化が義務づけられています。環境省の資料によれば、対象となるのはコンクリート、アスファルト・コンクリート、木材などの特定建設資材を用いた工事です。
国土交通省も、建設リサイクル推進計画を通じて、建設副産物の再資源化率などの目標を掲げ、直轄工事を中心に取り組みを進めています。
マテリアルパスポートは、こうした既存の制度が求める分別解体や再資源化を、建材単位の情報管理によって後押しする役割を担えると考えられます。制度上の義務対応と、マテリアルパスポートによる建材情報の可視化は、互いに補完し合う関係にあるといえるでしょう。
参照:環境省「建設リサイクル法の概要」 国土交通省「建設リサイクル推進計画」
EUのデジタルプロダクトパスポート(DPP)との関係
EUでは、マテリアルパスポートをさらに発展させた仕組みとして、デジタルプロダクトパスポート(DPP)の導入が進められています。DPPは、製品の原材料調達から製造プロセス、リサイクルまでの情報をデジタルで一元管理する仕組みです。建材に限らず幅広い製品分野への適用が検討されています。
建築分野のマテリアルパスポートは、DPP(デジタルプロダクトパスポート)と共通する考え方を持つ取り組みとして議論されることがあります。国内では制度化の検討段階にあるため、今後の動向は公開時点で要確認とし、継続的に情報を確認することが重要です。
建築業界がマテリアルパスポートを導入するメリットと課題

マテリアルパスポートの導入は、建設業界にとってメリットと課題の両方をもたらします。 ここでは、実務上の観点から整理します。
解体後の建材再利用と資源価値の可視化
マテリアルパスポートを導入する最大のメリットは、解体後の建材情報が明確になり、リユースやリサイクルの判断がしやすくなることです。 建材の種類や状態が記録されていれば、次の建築プロジェクトでの再利用先を検討しやすくなります。
また、建材情報や市場価格をもとに、再利用可能な建材の潜在的な資源価値を評価する取り組みも進められています。建物が「使い終わったら壊すもの」ではなく「資源を一時的に保管する場所」として評価される点は、従来の建物価値の考え方とは異なるアプローチです。不動産としての評価軸が広がることで、建設会社にとっても新たな提案材料になり得ます。
導入における課題(データ標準化・入力負担など)
一方で、マテリアルパスポートの導入には課題も存在します。建材情報を正確に登録するには、設計、調達、施工の各段階で情報を入力する体制が必要です。担当者の作業負担が増える可能性があり、データの標準化や責任の所在に関する明確なルールづくりが普及の鍵となるでしょう。
国内で導入を検討する場合も、元請企業と協力会社の間でどこまで情報を共有し、誰が入力を担うのかといった役割分担を、事前に整理しておく必要があります。こうした課題を踏まえたうえで、自社の規模やプロジェクトの特性に合わせて、段階的に導入を検討することが現実的な進め方といえます。
建築業界におけるマテリアルパスポートの取り組み事例
国内でも、大手ゼネコンを中心にマテリアルパスポートに関連する取り組みが始まっています。 ここでは、公式発表をもとに、大成建設株式会社と株式会社 淺沼組の事例を紹介します。
大成建設株式会社の取り組み事例
| “ 大成建設株式会社(社長:相川善郎)は、オランダに本社を置くMadaster社と提携し、Madaster社が開発したプラットフォーム※1の国内建設物への適用検討を開始するとともに、日本版の建設物資源循環データプラットフォームの構築に着手しました。現在建設中の「大成建設グループ次世代技術研究所」(所在地:埼玉県幸手市、以後、次世代技術研究所)において、同社が開発したプラットフォーム(図1参照)の試用を通じて、建設物のライフサイクル全体で使用される各建材・設備および建設物全体の資源循環に関するデータ解析を行い、課題抽出と改良を加えることで日本版プラットフォームの構築を目指します。“ |
出典:大成建設株式会社「オランダMadaster社と提携し、日本版建設物資源循環データプラットフォーム構築に着手」
株式会社 淺沼組の取り組み事例
| “今回のオランダパビリオンの設計者である、建築家トーマス・ラウ氏(オランダのRAU主宰)は、資源の循環利用と価値の最大化を図る「サーキュラーエコノミー(循環経済)」をめざし、環境に配慮した建築設計、デザインを追求する取り組みをしています。オランダパビリオンのコンセプトやデザインでもその哲学が取り入れられ、「資源を使い捨てない」サーキュラー建築の理念のもと、解体・再構築が可能な設計と施工が行われました。
その思想を具現化するにあたり、淺沼組は実施設計・施工の立場から、これまでにない挑戦に取り組みました。その象徴的な取り組みが、部材に番号をつけて管理し、解体後の再利用を見据えた施工を行ったことです。「多くの手間を費やしながらも、一つ一つの資材を検査・確認しているうちに愛着が湧いてくるようになります」と話すのは、現場所長の山下哲一。素材に丁寧に向き合い、愛着を持つことこそが、サーキュラー建築を実現するためには不可欠だと実感したと言います。 さらに来場者にもこの取り組みを体感してもらえるよう、部材にQRコードをつけるアイディアも山下から提案されました。スマートフォンをかざすと、その部材が使われている箇所の設計図が表示される仕組みで、循環型の考え方をより身近に感じられる工夫となっています。“ |
出典:「オランダパビリオンから読み解く、循環型建築のあり方。サーキュラーエコノミーの先進国オランダの循環型思想を、万博で実現する」
まとめ

マテリアルパスポートは、建築物に使用される建材の情報をデータベース化し、解体後の再利用や資源価値の可視化を目指す仕組みです。建設業界が抱える資源消費や廃棄物量の課題、循環経済への転換の流れの中で、その必要性が高まっています。
大成建設や淺沼組の事例からもわかるように、資源循環への取り組みは、制度対応にとどまらず、企業の経営戦略の一部として位置づけられつつあります。自社の建材管理や資源循環の取り組み状況を把握し、必要な情報整理を進めておくことが、今後の実務対応において重要です。
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この記事の監修
リバスタ編集部
「つくる」の現場から未来を創造する、をコンセプトに、建設業界に関わる皆さまの役に立つ、脱炭素情報や現場で起こるCO2対策の情報、業界の取り組み事例など、様々なテーマを発信します。









