「電力データを活用して、自社では何ができるのか」
そう問われて情報を集め始めた方も、少なくないはずです。
電力データは2020年6月の電気事業法改正(2022年4月施行)によって、それまで電力会社の内部資産として閉じていたものから、一定のルールの下で民間企業も利活用できる共通インフラへと位置づけが変わりました。
とはいえ、制度の骨格、具体的な活用事例、建設業での応用まで通しで見える情報は、公開情報だけではまだ多くありません。
そこで今回は、電力データの民間活用を支える制度設計に携わり、全国のスマートメーター由来の電力データを電気事業者以外も含めた事業者へ提供する認定窓口団体「一般社団法人電力データ管理協会」の代表理事を務める森川博之教授(東京大学)にお話を伺いました。

本稿では、電力データの制度背景、活用事例、建設業での可能性、経営層への示唆までを、森川教授へのインタビューをもとにリバスタ編集部が整理してお届けします。
特に、建設現場の電力使用量の可視化、Scope 2排出量算定、ZEB運用、省エネ効果検証にどうつながるかに重点を置き、まず建設業での効きどころを確認したうえで、制度・安全性・実装の順に見ていきます。
※本文中、森川教授の発言は「」で引用しています。
結論:建設業で電力データが効く理由
結論から言えば、建設業にとっての電力データの価値は、Scope 2排出量算定をより実態に近づけること、ZEB運用を実績データで検証できること、そして現場の機材稼働や省エネ施策を定量的に見られることにあります。
建設業は、現場の機材稼働、人員配置、完成後の建物のエネルギー消費までを含めると、排出量算定やエネルギー管理が非常に複雑になる業種です。電力データは、その複雑さを「見える化」する有力な手段になります。
森川教授は、建設業での応用を4つの観点で整理してくれました。
建設現場での電力利用の可視化
まず1つ目は、現場で何が、どう使われているのかを見える形にする、という話です。
「まず一つ目は、建設現場での電力利用の可視化です。現場ごとの電力消費を時間単位で計測することで、機材や作業の稼働パターンが把握できます。
例えば照明、クレーン、空調、ポンプなどの使用時間やピーク時刻を特定することができるため、効率的な稼働スケジュールや節電施策の検討に直結します。
従来の工事日報や手作業での電力管理ではなかなか見えなかった、リアルタイムの消費動向をデータとして取得できる点が大きな利点です」
Scope 2排出量算定の精度向上
2つ目は、CO₂排出量の算定そのものが、一段正確になるという話です。
「二つ目は、排出量算定の精度向上です。
電力消費量から間接排出(Scope 2)を算定する際、現場単位・時間単位でのデータを使うことで、より正確なCO₂排出量の算定が可能になります。
消費パターンの季節変動や工期ごとの増減を反映できるため、従来の年間平均値や推定値よりも、実態に即した評価が行えます」
開示実務の重要性が高まるなかで、算定の「精度」はただの効率化の話ではなくなっています。開示する情報そのものの信頼性に、直結するテーマです。
省エネ・コスト削減施策の効果検証
3つ目は、やった施策の効果が数値でくっきり見えるようになる、という話です。
「三つ目は、省エネやコスト削減施策の効果検証です。
電力データを活用することで、設備改修や作業プロセスの変更による省エネ効果を定量的に評価できます。
例えば、夜間消費の抑制や高効率機材への置き換えによる効果を実測値で確認できるため、投資対効果の判断にも非常に役立ちます」
建物完成後のライフサイクル評価とZEB運用
そして4つ目。建物が完成したあとも、電力データの役割は続きます。
特にZEB(Net Zero Energy Building。年間のエネルギー消費を実質ゼロに近づけた建物)の運用では、電力データが実績データの中核を担うことになります。
「そして四つ目は、建物完成後のライフサイクル評価への応用です。
建設業界では『建物のライフサイクル全体でのエネルギー消費と排出量』を評価することが求められます。
入居後の電力使用パターンをスマートメーターで把握することで、設計段階での予測値とのギャップを検証でき、次のプロジェクトへの改善にもつなげることができます」
ZEBの文脈では、森川教授はさらに踏み込んだ整理も語ってくれました。
「ZEBは建物のエネルギー消費をできるだけゼロに近づける設計理念ですが、実際の消費は入居者の行動や天候などさまざまな要因に左右されます。電力データは、設計通りのゼロ・エネルギー達成度を定量的に測る唯一の実績データになりますし、蓄電池や再生可能エネルギー設備の運用最適化にも役立ちます。
要するに、電力データは『建物の設計・施工・運用のPDCAを回すための目と耳』のような存在です」
ここまで見た建設業での活用は、そもそも電力データが人や施設の活動を高い時間解像度で映し出すことを前提にしています。次に、その前提となる電力データの性質を見ていきます。
電力データの活用で何がわかるのか
電力データは、そもそも何を映し出しているのでしょうか。
森川教授によれば、電気は人のほぼすべての活動と結びついているため、その使用量のパターンを読み解くことで、家庭の生活リズム、事業所の稼働状況、さらに地域単位の経済活動の動きまでをつかめるといいます。
電力データは「社会や暮らしを映し出す鏡」である
照明、空調、生産設備、交通、通信。私たちの日常は、電気なしには成り立ちません。そして、その使い方は刻々とデータに残っていきます。
森川教授は、このデータの性格をこう位置づけています。
「電力データを『社会や暮らしを映し出す鏡』と表現したのは、電気というものが極めて日常的で、ほぼすべての人間活動に密接に結びついているからです。
つまり、電力の使われ方を丁寧に読み解くことで、人々の生活リズム、産業構造、さらには社会の変化までもが浮かび上がってくるのです」
ポイントは、データそのものではなく、読み解く視点にある。森川教授は、そんな見方も重ねて示してくれました。
「電力データそのものに意味があるのではなく、それをどう解釈するかです。電力データはあくまで”影”のようなものであり、その背後にある人間の行動や社会構造を読み解く視点があって初めて価値を持ちます。ですから私は、電力データを単なるインフラの記録ではなく、『社会のダイナミズムを読み解くための基盤的な情報』として捉えています」
スマートメーター導入で何が変わったのか
電力データの価値を一気に引き上げたのが、スマートメーターです。
通信機能付きで、電力使用量を細かく記録できるデジタル計量器。これが各家庭や事業所に広がったことで、かつては月1回の検針でしか分からなかった「1か月の合計kWh」が、30分単位の時系列データに様変わりしました。
森川教授は、「スマートメーターの導入は、電力データの”質”そのものを大きく変えたと言ってよいでしょう。従来の電力データは、主に月に一度の検針による『積算値』でした。つまり、『1か月でどれだけ電気を使ったか』は分かっても、『いつ・どのように使ったか』は分からなかった。言わば、ぼんやりとしたスナップショットに過ぎなかったのです。
それに対して、スマートメーターは本質的に一つの大きな変化をもたらしました。それは、『時間的な解像度が飛躍的に高まった』という点です。30分単位、場合によってはそれより細かい粒度で電力使用量が記録され、さらに家庭や施設ごとの詳細なデータが蓄積されるようになりました。
これによって、朝の起床や昼間の不在、夜間の活動といった生活リズムが明確に読み取れるだけでなく、同じ地域であってもライフスタイルによって消費パターンが大きく異なるといった、多様性まで可視化されるようになったのです。
総じて言えば、スマートメーターは電力データを『粗い統計情報』から『行動を読み解ける高精細な時系列データ』へと進化させ、この変化が、エネルギー分野だけでなく、都市計画や社会科学の研究にも新たな可能性を開いているのです」
電力データが持つ3つの価値
森川教授によれば、電力データの価値は大きく3つに整理できるといいます。
- 干渉せずに社会を観測できる
- リアルタイム性と網羅性
- 未来を予測する手がかりになる
どういうことでしょうか。森川教授の言葉を引きます。
「本質的な価値は大きく三つあると考えています。
第一に、『干渉せずに社会を観測できる』という点です。アンケートや調査と違い、電力データは人々に負担をかけず、自然な形で蓄積されていきます。そのため、より実態に近い行動の記録として活用できるのです。
第二に、『リアルタイム性と網羅性』です。電力は常に供給・消費され続けているため、時間的な変化を非常に細かく追うことができます。例えば、ある地域で突然消費パターンが変われば、そこには気象の変化、経済活動の変動、あるいは社会的な出来事が反映されている可能性があります。
そして第三に、『未来を予測する手がかりになる』という点です。過去と現在の電力データを分析することで、需要予測はもちろん、エネルギー政策や都市設計、さらには災害対応にまで応用が広がります」
インタビューを通じて森川教授が繰り返し語っていたのが、「産業横断的な社会インフラへの位置づけ直し」という論点です。 この3つの価値は、その土台にもなっています。
プライバシーというもうひとつの側面
ただ、細かく見えるようになったぶん、扱いの難しさも増します。森川教授は、この点を価値と表裏一体のものとして捉えています。
「データが細かくなった分、プライバシーの問題やデータの扱い方がより重要になりました。それは、電力の使い方が生活そのものをかなり正確に映し出してしまうからです」
電力データを使うなら、技術の安全性と制度の信頼性、この両輪が前提になる。 具体的な仕組みは、のちほど詳しく見ていきます。
電力データの活用で何ができるか?森川教授が示した領域とは
建設業での活用を先に見ましたが、森川教授が示した電力データの活用領域は、建設業だけに限られません。ここでは、電力データが実際にどんな分野で使えるのか、全体像を整理します。
森川教授は、スマートメーター由来の電力データの活用領域を「大きく四つに整理できます」と語りました。本記事ではその4分野を紹介したうえで、別の質問で語られたCO₂可視化の領域を5つ目の観点として加え、あわせて5つでお届けします。

※インタビュー内容より編集部にて作成
① エネルギー・環境
まず1つ目は、エネルギーそのものを賢く使うという話です。
「まず一つ目は、エネルギーや環境の分野です。家庭や企業ごとの消費パターンを精密に把握することで、再生可能エネルギーの導入や電力系統の運用をより効率的に行うことができます。また、利用者にリアルタイムで消費状況をフィードバックすることで、省エネの意識や行動を促すことも可能です。さらに、スマートタウンやマイクログリッドの設計など、地域レベルのエネルギー管理にも不可欠な情報源になります」
② 健康・福祉(見守り・異常検知)
2つ目は、少し意外な領域です。実は、森川教授がもっとも可能性を感じているのが、この領域だといいます。
「二つ目は、健康や福祉の分野です。電力データから生活リズムを把握することで、高齢者や一人暮らし世帯の異常を早期に検知したり、安全確認に役立てたりできます。また、生活の変化や活動量を把握することで、介護計画や医療介入の最適化にも活用できます」
さらに具体的な例として、こんな場面も挙げてくれました。
「スマートメーターのデータは、家の中で電気がどう使われているかを非常に精密に反映します。たとえば、朝に電気を使わない時間が続く場合や、夜間の活動が極端に減るといったパターンは、体調の変化や生活上のトラブルの兆候として捉えることができます。これは従来の健康管理システムではなかなか捕捉できない、『自然な生活の変化』を干渉せずに検知できる点が非常にユニークです。個人の安心につながるだけでなく、地域全体の福祉向上にも貢献する可能性があります」
たとえば、中部電力ミライズコネクト(旧・中部電力ミライズと三菱商事の合弁、現在は中部電力ミライズの100%出資)が、高齢者の生活パターンの異変を検知する見守りサービス「テラシテR」を提供しています(参考:中部電力グループ データ活用の取り組み)。
③ 都市・地域計画
3つ目は、街やエリア単位での見え方が変わる、という話です。
「三つ目は、都市や地域計画の分野です。時間帯や地域ごとの電力消費を分析することで、人々の活動や交通、商業の動きなどを推定できます。さらに、停電や異常消費の兆候から被害状況を把握したり、緊急対応を迅速化することも可能です。これらの情報は、スマートシティ戦略や都市インフラの設計、エネルギー政策の立案にも役立ちます」
NTTデータグループ「数時間前の電力データを全国で順次活用」のように、広域のビッグデータを使った社会課題解決の取り組みが、すでに国内で動き出しています。
④ 民間サービス(金融・保険・不動産)
4つ目は、ビジネスそのものの新しい入り口になる、という話です。
「四つ目は、民間サービスやビジネスの分野です。ライフスタイルに応じた電力利用のデータを分析することで、住宅設備や家電メーカー、保険などのサービス改善につなげることができます。また、デマンドレスポンスや電力マネジメントアプリ、エネルギー関連のサブスクリプションサービスなど、新たな事業モデルの基盤としても活用可能です」
たとえば、関西電力と不正検知サービスを提供する株式会社カウリスが提携し、銀行の口座開設時の本人確認で実証事業を進めています(参考:関西電力送配電「電力データ活用事業」)。
⑤ CO₂排出量の可視化
5つ目は、森川教授が別の質問で詳しく語ってくれたテーマです。建設業との関係が特に深い領域なので、あわせてここで取り上げます。
「電力データが非常に重要な役割を果たすと考えています。ポイントは、単なる電力使用量の記録ではなく、『実際のエネルギー使用の精緻な指標』として活用できることです。これがあると、排出量の精度向上やリアルタイム可視化に直結します。
まず一つ目は、正確な排出量算定です。電力消費量は間接排出、いわゆるScope 2の算定の基礎データになります。スマートメーター由来の高精度データを使うと、建物単位、あるいは時間単位で電力使用量を把握できます。これにより、従来の年間平均値や推定値に頼る手法よりも、格段に正確な排出量計算が可能になるのです」
たとえば、大和ハウス・アセットマネジメントは、保有物件で入居者の電気使用量からCO₂排出量を測定し、省エネ診断サービスの提供を検討しています(参考:日経クロストレンド「電力データ活用、先行企業の独創アイデア4選」)。
電力データだけでは解けないこと
一方で森川教授は、電力データの限界についてもはっきり語っています。
「スマートメーター由来の電力データには確かに非常に強力な観測能力がある一方で、万能ではないという点です。行動の”理由”までは分からない、ということです。電力データは『何時に、どのくらい使われたか』という結果を非常に精密に示してくれます。しかし、なぜその行動が起きたのか、という心理や背景までは直接分かりません」
電力データ単体で何かを決め切ろうとすると危うい。他の情報や人の判断とセットで使うのが大前提です。
こうした活用を民間企業が行えるようになった背景にあるのが、電気事業法の改正です。次に、制度の骨格を確認します。
2020年6月の電気事業法改正と電力データ管理協会
「電気事業法の改正」と聞いて、中身をすぐに思い浮かべられる方は、そう多くはないかもしれません。ここでは、制度がどう組み立てられ、何が変わったのかを、森川教授の解説とあわせて整理します。
2020年改正・2022年4月施行で何が変わったのか
電気事業法は、電力の発電・送配電・小売を規律する日本の基本法です。その改正によって、これまで電力会社の内部で管理されていた電力データ(スマートメーターから取得される電力使用実績)を、一定のルールのもとで電気事業者以外の事業者も使えるようになりました。
「日本では2020年の電気事業法の改正によって、スマートメーター等から取得される電力データ(個々の電力使用実績)が、従来の電力会社内だけの管理・利用から、電気事業者以外の事業者も含めた活用へと門戸が広げられることになりました。
2020年6月の改正により、先ずは災害時において自治体等が電力データを活用できることとなりました。一方、平時においては、2022年4月に施行され、一定のルールの下で電力データを活用できる仕組みが法的に整備されました」
改正法の条文や背景については、資源エネルギー庁「電力データ活用」ページに一次情報がまとまっています。
認定電気使用者情報利用者等協会制度とは
民間事業者が電力会社1社ずつと個別に交渉する。そんな煩雑さをなくすために、改正法は共通の窓口となる仕組みを用意しました。それが、「認定電気使用者情報利用者等協会」と呼ばれる法定団体です。なお、認定協会は申請・審査により複数設立されることがあり、現時点で1社に限られているわけではありません。
「改正法では、需要家(電力契約者)の同意に基づいて電力データを取得・利用するための共通の窓口が必要とされ、その役割を果たす組織として『認定電気使用者情報利用者等協会制度』が創設されました。これにより、個々の送配電事業者ごとにデータを取るのではなく、協会を通じて一括して利用できる仕組みが求められたのです」

※インタビュー内容より編集部にて作成
電力データ管理協会が担っている役割
そして、この制度に呼応するかたちで設立されたのが、森川教授が代表理事を務める一般社団法人電力データ管理協会です。
「こうした制度上の要請に応える形で、2022年5月に複数の電力会社や関連企業が中心となって一般社団法人電力データ管理協会が設立されました。

同協会は経済産業省から『認定電気使用者情報利用者等協会』として初の認定を取得しています。設立の目的は、電力データを安全かつ適正に利用・提供できる環境を整備し、全国のスマートメーター由来の電力データを利活用可能にすることです」
この制度にはどんな意義があるのでしょうか。森川教授の見方はこうです。
「この制度の意義は、一言で言えば『電力データを”産業横断的な社会インフラ”へと位置づけ直したこと』にあると考えています。従来、電力データは電力会社の内部資産として閉じた形で扱われてきました。しかし、制度的に電気事業者以外の事業者も利用が可能になったことで、『特定業界の運用データ』から『多様な主体が価値を引き出せる共通基盤』へと転換したのです。
私は、この制度を単なる『データ開放』とは見ていません。むしろ、『データを介した社会契約の再構築』と捉えています」
段階開放スケジュール(2026年4月時点)
制度の骨格はすでに整いました。では、実際の運用はどこまで進んできているのでしょうか。
段階的運用のスケジュールは、国の施策として経済産業省 資源エネルギー庁が公表している「電気事業法に基づく電力データの提供」に関する内容から、2026年4月現在の到達点を整理します。
- 2023年9月:「電力データ集約システム」の運用開始(当初は前日までのデータを提供)
- 2025年2月:全国の一般送配電事業者との接続が完了し、前日までのデータを全国で提供可能に
- 2025年3月:速報値連携機能が追加され、30分ごとの”数時間前データ”の提供が開始
詳細は、NTTデータグループ「数時間前の電力データを全国で順次活用」(2025年4月発表)で公開されています。
電力データ利用の会員制度
では、自社で電力データを実際に使いたくなったとき、どこから手続きを始めればよいのでしょうか。実際の利用には、電力データ管理協会への会員登録と審査の通過が必要になります。

※インタビュー内容より編集部にて作成
- データ利用会員B1(集計処理された統計データ+同意を得た個データ/個人・法人を含む):年会費 50万円
- データ利用会員B2(集計処理された統計データ):年会費 20万円
国の監督下で厳格な審査があり、プライバシー保護や利用目的の適正性が確認されます。詳細は一般社団法人電力データ管理協会 公式サイトおよび経済産業省資料をご確認ください。
電力データを安全に届ける仕組み
電力データは、生活の詳細までを映し出す情報です。だからこそ、「安全に届ける」という一点が、社会全体の信頼を大きく左右します。森川教授は、この安全性を、技術と制度の両輪で捉えているといいます。
安全な提供に必要な「ふたつの考え方」
では、何が必要なのでしょうか。森川教授は、大きく2つの考え方に整理してくれました。
「まず一つ目は、利用権限とアクセス管理の厳格化です。これは、誰がどのデータにアクセスできるのかを、制度的にも技術的にも適切に制御するということです。具体的には、利用者を明確に認証したうえで、契約や利用目的に応じたアクセス権限を付与する仕組みが求められますし、同時に、データがどのように利用されたのかを追跡可能にするログの記録や監査も重要になります。また、契約で定められた目的以外での利用を制限する、いわゆる目的限定利用の徹底も不可欠です」
「もう一つは、社会的ガバナンスと透明性の確保です。技術だけで安全性を十分に保証することは難しく、制度やルール、さらには第三者による監視といった社会的な枠組みが必要になります」
本人同意と事業者審査のふたつの柱
もうひとつの軸は、「誰のデータを、誰に渡すのか」という社会的な契約の話です。森川教授は、本人同意と事業者の適格性確認、この2つの役割をはっきり分けて語っています。
「本人同意の取得についてですが、これは単なる形式的な手続きではありません。個人が自分の生活情報の取り扱いに関与できる権利を、制度的に保証する仕組みなのです。要するに、本人同意は『データ提供に関する社会的契約』を可視化する仕組みだと考えられます」
もう一方の柱が、「データの提供先である事業者そのものをどう審査するか」という観点です。本人同意だけでは安全を担保しきれず、提供先の事業者の信頼性を制度的に確認する仕組みが必要になります。
「利用事業者の適格性確認についてです。こちらは、誰にデータを提供すべきかを制度的に判断するプロセスであり、データの安全利用が事業者の信頼性や能力に依存する、という認識が前提となります。適格性を審査することで、プライバシー保護や契約順守の意識が低い事業者による悪用リスクを低減できます。本人同意だけでは不十分で、提供先も信頼できる必要がありますから、制度的に事業者の適格性を確認することは、データ活用の安心感を支えるもう一つの柱になるわけです」
透明性と説明責任で信頼を支える
どれほど高度な活用策を用意しても、外から仕組みが見えなければ、信頼は積み上がりません。森川教授がもっとも重視しているのが、「透明性と説明責任を中心に据えた信頼設計」でした。
「最も重要な視点は、『透明性と説明責任を中心に据えた信頼設計』にあると考えています。言い換えますと、どれだけ高度なデータ活用を進めたとしても、利用者や社会に対して『何がどのように使われているのか』『なぜ安全と言えるのか』が明確でなければ、信頼は成立しないということです」
「技術面、たとえば暗号化や匿名化、アクセス制御といった安全策と、制度面、たとえば本人同意、利用事業者の適格性確認、監査などの仕組みが、有機的に組み合わさって初めて、データ活用の拡大と安全性・信頼性の両立が可能になります」
建設業における活用の最短ルート(①運用→②現場→③設計へ)
建設業で電力データ活用を進めるとき、どこから手をつけるのが現実的なのでしょうか。森川教授は、ここに明確な道筋を示してくれました。
「私はまず現実的で、かつ効果が見えやすい段階から始めるのが重要だと思っています。個人的には、『建物の運用・稼働段階から取り組む』というのが最も着手しやすく、短期的な成果も得やすいと考えています。
第一に、建物の運用・稼働段階から始めることです。対象としては、新築・既存を問わず、オフィスや商業施設、工場、現場事務所など、電力使用が明確に把握できる建物が考えられます。なぜここから着手するかと言いますと、スマートメーターや建物内の計測設備を使えば、すぐにデータが取得できるからです。
次のステップとしては、建設プロセスでの活用です。現場ごとの電力使用パターンを把握することで、施工計画や機材の稼働を最適化できます。
さらに将来的には、設計やライフサイクル段階での統合に拡張できます。運用データや施工データを設計段階にフィードバックすることで、次の建物設計やZEB計画に反映させることができます」
つまり、①保有建物の運用段階で始める → ②建設現場に広げる → ③設計へフィードバック。この順番が、いちばん実装可能性の高い道筋になります。
▼インタビュー中の森川教授

電力データを経営の羅針盤にする視点
最後に、森川教授から電力データ活用を検討する担当者・経営者に対してのメッセージです。
コスト削減だけでは、価値の半分しか引き出せない
森川教授は、経営層に最初に伝えたいメッセージを、こう整理してくれました。
「私が経営層に一つだけ申し上げるとすれば、電力データは単なるコスト削減の手段ではなく、事業戦略や意思決定を強化する『リアルタイムの事業指標』である、という点に尽きます。
と申しますのも、電力データは、設備の稼働状況や建物運用、製造プロセス、さらには人の行動といった、事業活動の実態を極めて高い精度で映し出す性質を持っているからです。したがって、これを戦略的に活用することができれば、省エネルギーにとどまらず、投資判断や運用の最適化、新規事業の開発など、経営判断全体に資する重要な指標となり得ます。
もちろん、導入初期の段階においてコスト削減の観点から活用すること自体は、極めて合理的であると考えます。しかしながら、そこにとどまってしまうと、データの持つ潜在的な価値の半分しか引き出せていないと言わざるを得ません。むしろ重要なのは、その先にある事業価値の向上や、新たな収益機会の創出へと接続していく視点であります」
ESGやブランド価値への寄与についても、森川教授は言葉を重ねます。
「電力データは経営の透明性および信頼性の向上にも寄与いたします。CO₂排出量や環境パフォーマンスをリアルタイムで把握・可視化することが可能となるため、ESGへの対応力が高まり、結果として企業価値やブランド価値の向上にもつながっていくでしょう。
総じて申し上げますと、電力データは単なる消費量の記録ではなく、事業運営・戦略・社会的価値を可視化する『経営の羅針盤』として位置づけるべきものです」
価値創造から価値獲得へ、PoCで終わらせないために
そして、森川教授がもっとも強く語ってくれたのが、「価値創造」と「価値獲得」の違いでした。
「可能性は無限大。いろいろなところに使える。
ただ、認識しておかなければいけないことは、価値創造と価値獲得の違い。
収益(利益)に転換できてはじめて価値獲得。価値獲得にまで至らないとPoCで終わってしまう。
価値獲得、簡単ではないが、とにかくやり続けなければいけない。
多くの方々に電力データに関心をお持ちいただくことで、価値創造を乗り越えて価値獲得まで至る事例が増えていくことを期待したい」
じゃあ最初の一歩はどう踏み出せばよいのか。この点についても、具体的な指針が示されました。
「まず、小さく始めることが重要だと思います。
全社的に導入する前に、まずは1棟の建物や1つの現場の運用データから分析を始めるだけでも、多くの気づきがあります。
こうした小さな成功体験を積み重ねることで、組織全体への導入もスムーズになります。
そして、電力データを戦略的に活用できる企業は、未来の競争力を大きく高めることができます。事業の効率化や脱炭素化の先導、社会的信頼やブランド価値の向上、新しいサービスやビジネスモデルの創出など、多方面で優位性を持つことが可能です」
電力データ活用の第一歩は、保有建物や現場の電力使用量を把握することから
電力データの民間活用は、制度・安全性・活用領域の面で、実務に取り入れやすい環境が整ってきました。
建設業でも、建設現場の電力使用量の把握、Scope 2算定の精緻化、ZEB運用の最適化、省エネ施策の効果検証など、実務に直結する活用が広がっていくと考えられます。
森川教授の指針に沿うなら、最初の一歩は、保有している建物や1つの現場の運用データから小さく始めることです。その際に重要になるのは、電力データを取得する制度や手続きを理解したうえで、取得した電力使用量をCO₂排出量の算定・可視化にどう活かすかという視点です。
なお、建設現場や保有施設の電力使用量をもとにCO₂排出量を算定・可視化する方法として、リバスタの「TansoMiru電力」のようなサービスもあります。請求書をもとにした手作業の集計に頼らず、電力使用量を継続的に把握したい場合は、こうした実務支援サービスを活用することも選択肢のひとつです。
最後になりますが、お忙しいなか貴重なお時間を割いてお話を聞かせてくださった、一般社団法人電力データ管理協会 代表理事・森川博之教授に、心より御礼申し上げます。
森川博之教授 プロフィール

一般社団法人電力データ管理協会 代表理事(共同代表理事/柳瀬徹氏と共同)
東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
専門はIoT・ビッグデータ・5G/6G・情報社会デザイン。
電力データの民間活用を制度化する過程で中心的な役割を担い、2022年5月の協会設立以来、事業計画と運営方針を統括している。

この記事の監修
リバスタ編集部
「つくる」の現場から未来を創造する、をコンセプトに、建設業界に関わる皆さまの役に立つ、脱炭素情報や現場で起こるCO2対策の情報、業界の取り組み事例など、様々なテーマを発信します。










