建設業界では、施工現場のCO2排出量や資材調達における人権配慮、ZEB需要拡大による収益機会、炭素税導入によるコスト上昇など、財務面と社会・環境面で多様な論点が同時に存在します。
様々な課題をどのように整理し経営戦略へ反映するかが、サステナビリティ開示の高度化に向けた大きな課題です。本記事では、ダブルマテリアリティの基礎知識やシングルマテリアリティとの違い、CSRD・ESRSにおける開示義務化の動向、建設業界における特定の実務ポイントについて解説します。
また、分析の具体的なステップや清水建設・西松建設・三井住友建設の先進事例も解説していますので、自社の重要課題特定を進めたい方は参照してみてください。
ダブルマテリアリティの基礎知識とシングルマテリアリティとの違い

CSRD(企業サステナビリティ報告指令)・ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)による開示義務化の動向やダイナミックマテリアリティへの進化を背景に、基礎的な知識と理解は企業に欠かせません。ダブルマテリアリティの基礎知識とシングルマテリアリティとの違いについて解説します。
財務的影響と環境・社会への影響
ダブルマテリアリティは、企業財務への影響と、企業活動が社会・環境に及ぼすインパクトの双方を重要性として捉える考え方です。投資家向けに財務的な影響を中心に据えるシングルマテリアリティに対し、ステークホルダー全体への影響まで視野を広げる点に特徴があります。
建設業では、資材調達に伴うCO2排出量や施工現場周辺への騒音・粉塵が環境・社会面のインパクトに該当し、同時に脱炭素規制への対応コストや災害リスクが財務面に影響します。日本でもSSBJがISSB基準との整合を図りつつ重要性の定義を議論しており、サステナビリティ情報開示の評価軸として双方の視点が欠かせません。
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CSRD・ESRSにおける開示義務化の動向
CSRDが施行され、ダブルマテリアリティを軸とした情報開示が義務化されています。具体的な開示項目はESRSに定められ、気候変動や生物多様性などの環境課題、人権や労働環境といった社会課題、ガバナンスに関するリスクと機会を詳細に報告しなければなりません。
対象は欧州域内の企業に限らず、EUに子会社を持つ日本企業や欧州市場に上場する企業にも段階的に適用される見込みです。日本企業にとっても他人事ではなく、グローバルなサプライチェーンを通じて連結ベースでの開示対応が必要です。
ダイナミックマテリアリティへの進化
ダイナミックマテリアリティとは、重要課題は固定的なものではなく、時代や社会の変化とともに移り変わるとする考え方です。かつて非財務情報として扱われていた社会・環境課題が、規制強化や市場の変容を経て、企業の業績や企業価値を左右する財務的マテリアリティへと転換していく点に特徴があります。
建設業界では、以前は社会的責任の文脈で語られていた現場の労働安全や残土処理、近隣への振動・騒音などの課題が、近年では人権デュー・ディリジェンスや脱炭素規制の進展により、入札条件や資金調達コストに直結する財務リスクへと変質しています。ダブルマテリアリティの実務でも、変化を継続的に見直す姿勢が欠かせません。
建設業におけるダブルマテリアリティ特定の実務ポイント

建設業におけるダブルマテリアリティは、自社が環境・社会に与えるインパクトと、外部環境が財務にもたらす影響の双方を分析する必要があります。インパクト・マテリアリティではCO2排出量や労働安全、地域社会への影響を、財務的マテリアリティでは資材高騰や規制対応コストを評価し、バリューチェーン全体でリスクを把握することが欠かせません。
建設業におけるダブルマテリアリティ特定の実務ポイントについて解説します。
建設業界のインパクト・マテリアリティ
インパクト・マテリアリティとは、企業の事業活動が人々や環境に及ぼすポジティブ・ネガティブ双方の影響を指す概念です。ダブルマテリアリティを構成する重要な視点であり、建設業界においては施工現場で発生するCO2排出量や建設廃棄物の処理、セメント・鉄骨など資材調達における人権・労働環境への配慮が代表的な特定項目に挙げられます。
また、近隣住民への騒音・振動、地域インフラ整備による経済波及効果なども評価対象です。経済産業省の価値協創ガイダンスでも、社会価値と経済価値を両立させる観点からバリューチェーン全体でのインパクト特定が推奨されており、自社活動の波及範囲を広く捉える姿勢が求められます。
建設業界の財務的マテリアリティ
財務的マテリアリティとは、企業の将来キャッシュフローや財務状態に影響を及ぼすサステナビリティ事項を指し、ダブルマテリアリティの一翼を担う重要な視点です。投資家やステークホルダーへの情報開示において、自社の事業に与えるリスクと機会を財務インパクトの観点から評価・報告することが求められます。
建設業界では、ZEBや省エネ改修需要の拡大による受注機会の増加が代表的な機会である一方、炭素税やGX-ETSの導入による資材調達コストの上昇、気候変動による工期遅延、TCFD・SSBJ基準への対応負担などがリスクとして挙げられます。リスクを定量的に把握し、中長期の経営判断に組み込む姿勢が必要です。
バリューチェーン全体でのリスク把握
自社の事業活動に関わる社会・環境課題を上流から下流まで洗い出し、影響度の大小を評価したうえで優先順位付けを行うバリューチェーン全体でのリスク把握のプロセスも欠かせない要素です。
ダブルマテリアリティの実務では、財務的影響と社会・環境へのインパクトの双方を一気通貫で捉える視点が欠かせません。建設業は資材メーカーから設計・施工、解体・廃棄物処理に至るまでバリューチェーンが長大であり、上流ではセメントや鉄鋼の調達に伴うScope3、下流では建築物の運用エネルギーや解体時の廃棄物発生がリスク要因です。
気候変動の緩和や循環型経済への貢献度を定量的に開示し、ステークホルダーに対する説明責任を果たす姿勢が求められます。
ダブルマテリアリティ分析の具体的なステップ
ダブルマテリアリティ分析は、トピック抽出とステークホルダー特定から始まり、IROs(インパクト・リスク・機会)の評価を経て、マトリックス作成と経営戦略への統合に至る一連のプロセスで進めます。
財務面と環境・社会面の双方を同時に検討する点が特徴で、開示基準への対応だけでなく中長期の経営判断にも直結します。
トピックの抽出とステークホルダー特定
ダブルマテリアリティ分析は、サステナビリティに関するトピックを網羅的に抽出し、関連するステークホルダーを特定することが必要です。財務情報の利用者である投資家のみを想定するシングルマテリアリティとは異なり、消費者、従業員、地域社会、サプライヤー、行政など幅広い関係者の視点を取り込む点が特徴です。
エンゲージメントを通じて多様な期待や懸念を吸い上げることで、自社が認識していなかった重要課題を可視化できます。GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)やESRSなどのフレームワークを参照しつつ、業界特有の論点を漏れなく洗い出す姿勢が、後続のIRO評価の精度を左右します。
IROs(インパクト・リスク・機会)の評価
ダブルマテリアリティの中核をなすステップであり、規模・範囲・回復可能性などの観点から重大性を測ります。建設業の例では、次のように位置づけられます。
| 要素 | IROs | 施工に伴うCO2排出量や近隣への騒音 | インパクト | 炭素規制強化による調達コスト増加 | リスク | ZEB市場拡大 | 機会 |
最終的には定量・定性の閾値を設定し、開示・対応すべきマテリアリティを絞り込むことで、客観性と説明責任を備えた特定プロセスが実現します。
マトリックス作成と経営戦略への統合
マトリックス作成と経営戦略への統合とは、IRO評価の結果を二軸のマトリックス上に整理し、優先度の高い重要課題を経営判断に結びつけるプロセスです。ダブルマテリアリティの分析を実効性あるものとするには、サステナビリティレポートへの反映にとどまらず、経営層の関与のもと組織横断で取り組みを推進する必要があります。
SBT(Science Based Targets)に沿った移行計画の開示や、KPI設定による進捗管理も求められます。さらに、事業環境やステークホルダーの期待は常に変化するため、ダイナミックマテリアリティの観点から定期的な見直しを行い、評価プロセスを継続的に更新していく姿勢が、長期的な企業価値創出につながる要素の一つです。
ダブルマテリアリティの今後の展望
ダブルマテリアリティの今後の展望として、日本企業ではCSRDの影響を受けるグローバル企業を中心に対応が加速し、サステナビリティ開示の標準的アプローチとして定着していく見通しです。
今後は環境負荷の低減に関連するインパクト評価にとどまらず、取り組みが企業の長期的な財務価値や成長にどのように結びつくかを論理的に説明する能力が問われます。建設業界においても、脱炭素施工技術の開発が受注機会の拡大や資金調達コストの低減に直結することを定量的に示さなければなりません。
さらに、生物多様性に関するTNFDや人的資本などの新しいテーマも、ダイナミックマテリアリティの観点から順次重要課題として統合されていくことが予想されます。
建設業界におけるダブルマテリアリティに関する事例
建設業界では、ダブルマテリアリティの考え方を取り入れた情報開示が進んでいます。清水建設株式会社、西松建設株式会社、三井住友建設株式会社の3社は、統合報告書やサステナビリティサイトを通じて重要課題の特定プロセスや財務・非財務両面の取り組みを発信しており、業界の先進事例として参照できます。
建設業界におけるダブルマテリアリティに関する事例について解説します。
清水建設株式会社
清水建設は、持続的成長と中長期的な企業価値向上に向けて対処すべき重要課題としてマテリアリティを位置づけ、長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」および中期経営計画と連動させて特定しています。
2022年に策定されたマテリアリティは毎年見直され、2024年度には経営戦略との整合性を踏まえて再整理されました。特定されたマテリアリティは7カテゴリーに区分され、レジリエントな社会の実現や脱炭素を通じた地球環境への配慮など事業による社会課題解決の領域と、誠実なものづくりや人財育成、ガバナンス強化など経営基盤の領域の双方から構成されている点が特徴です。
各カテゴリーにはKPIと目標が設定され、ZEB化推進や人権デュー・ディリジェンスなど具体的な取り組みを開示しており、ダブルマテリアリティの考え方を踏まえた先進的な開示事例といえます。
西松建設株式会社
西松建設は、統合報告書2025においてマテリアリティの特定プロセスと取り組みを開示しています。同社は2023年度にサステナビリティスローガン「みんなでつくる みんなが輝く」とともにマテリアリティおよびKPIツリーを策定しました。
特定にあたっては341項目の課題候補を84項目に集約したうえで、「社会にとっての重要度」と「当社にとっての重要度」の2軸で評価し13項目を抽出、経営者インタビューや従業員意識調査、協力会社アンケート、ステークホルダーからの意見を踏まえ、サステナビリティ委員会と取締役会の決議を経て確定しています。
最終的に特定された6つのマテリアリティは、社会価値の提供から組織づくり、パートナーシップ、技術戦略、人財活躍、コンプライアンス遵守まで幅広く網羅し、KGIとして2050年までに延べ60,000の地域・コミュニティへの価値提供を掲げました。33個の全社KPIに数値目標を設定し、2025年度からは個人レベルまで展開して人事評価に組み込む体制を構築している点が特徴です。
出典:西松建設/マテリアリティ
三井住友建設株式会社
三井住友建設は、2030年の将来像「新しい価値で『ひと』と『まち』をささえてつなぐグローバル建設企業」の実現に向けて、社会課題やステークホルダーの要請を踏まえたバックキャスティングにより、2020年度に重要課題(マテリアリティ)を特定しました。
特定プロセスは4ステップで構成され、まずSDGsやISO26000、SASBスタンダードといった国際的な枠組みや評価機関の項目、建設業界固有の課題を踏まえて2030年に向けた社会課題をキーワード化し候補を選定しています。
続いて「自社における重要度」と「ステークホルダーにおける重要度」の2軸で評価を行い、部門長アンケートとESG外部有識者の意見を反映して重要度を判定、取締役会決議を経てマテリアリティを確定しました。さらに企業経営や建設事業者としての使命に関わる項目は事業活動の前提となる重要課題として別建てで位置づけ、各マテリアリティにKPIと目標年度を設定してPDCAで推進しています。
2022年の中期経営計画策定時には一部見直しを行い、ダイナミックな経営環境への対応も図っています。
まとめ

本記事ではダブルマテリアリティの基礎知識やCSRD・ESRSの開示動向、建設業界における特定の実務ポイントや分析ステップについて解説しました。建設業の実務では、まずシングルマテリアリティとの違いを社内で共有し、施工現場のCO2排出量や資材調達における人権配慮といったインパクト課題と、ZEB需要や炭素税リスクなどの財務的影響を洗い出すことから着手できます。
次に、ステークホルダーとの対話によるトピック抽出、IRO評価、マトリックス作成などの分析ステップを順次実施することが推奨されます。CSRD対応やサステナビリティ開示の強化を検討中の方は参照してみてください。
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この記事の監修
リバスタ編集部
「つくる」の現場から未来を創造する、をコンセプトに、建設業界に関わる皆さまの役に立つ、脱炭素情報や現場で起こるCO2対策の情報、業界の取り組み事例など、様々なテーマを発信します。









