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SBTiのビルディングセクター向けSBT設定基準
SBTiのビルディングセクター向けSBT設定基準を契機に、発注者のインテンシティ(排出強度:床面積あたりCO2排出量)重視が進んでいます。このため、建設会社は建材製造・施工段階の排出量の説明責任に備えて、低炭素建材の選定に加え、原単位・現場データ・証跡を揃える運用設計を前向きに整えることが重要になっています。
SBTi(科学的根拠に基づく目標イニシアチブ)はビルディングセクター向けの目標設定基準を2024年8月に正式リリースしました。この基準は、ある一定の基準を上回る住宅・商業・オフィスおよびその他の建築物(ビルディング)を開発するデベロッパーや不動産所有者や管理会社を対象としたのです。
最大の特徴は、構築物の建設から解体までのライフサイクルに着目し、そのうち構築物の建設にかかる排出量と運営にかかる排出量について、インテンシティという考え方を用いて目標設定する点があります。
設計会社や請負がメインの建設会社は本基準を適用する義務はありませんが、発注者側(不動産・金融)の“インテンシティ管理”が主流化する中で、建設会社が“調達・施工の提案力”をどこで作るかを示すことは、建設会社にとって重要なテーマです。本レポートでは、この基準の概要、建設会社にとっての影響、および、実務上必要なアクションについて説明いたします。
ビルディングセクター基準とは
(1)セクター向け基準の背景
ビルディングセクターは、関連する排出量が多く、パリ協定の1.5℃目標を達成するためには無視できない業界です。以下のような考え方が背景になりセクター基準が策定されました。
- 圧倒的な排出量:IEA(国際エネルギー機関)によると住宅・オフィス・商業・物流施設の建設及び運用には、世界全体のエネルギー消費量の34%が直接・間接的に占めており、世界全体の排出量の26%に該当します。この領域が脱炭素の鍵を握っています。
- ストックとフロー両面での削減必要性:発展途上国を中心に2030年までに15%程度の床面積の拡大が予想されています。加えて、現存する建物の80%は2050年を超えて活用されると予想されます。建設時の排出量と運用時の排出量双方を削減していく必要がある業界があります。
- SDAの採用:建築物のライフサイクルに合わせて脱炭素の目標設定をするためには、全業種を対象としたGHG排出総量を基準とした総量削減を行う目標設定方法では対応できません。そのため、特に削減が求められるステージについて、原単位(活動量あたりの排出量で、排出強度ないしはインテンシティとも呼ばれるもの)を用い、目標をIEAの2050年のネットゼロ目標と整合的なパスウェイ(移行経路)を用いることが必要です。この方法ですと、スタート時点でインテンシティが異なっても、2050年には一律の水準へ収束することが可能となります。なお、この方法は、SDA(セクター別脱炭素アプローチ)と呼ばれ、ビルディンセクター以外では、鉄鋼、セメント、電力など、排出量の多い特定の業界で使われています。
ビルディングセクター基準の検討プロジェクトは、2021年10月にスタートし、ビルディング業界・NGO・アカデミア33機関からなる専門家アドバイザーグループと共に、基準案を作成し、パイロットテストを実施後に2024年に基準化されました。専門家アドバイザーグループには日本から三菱地所株式会社が参画し、パイロットテストにも参加しています。
現在は、2025年6月にマイナーチェンジが行われ、バージョン1.1が正式版となっています。
(2)ビルディングセクターSBT設定基準の概要
基準については、ビルディングセクターSBT設定基準説明文書に詳しく記載されていますので、本レポートにおいてはこの資料を元にキーとなる考え方を解説します。
a. 対象企業
建築物に関連するバリューチェーンは、デザイン化・資金調達・開発・建設・ビル管理・利用と幅広いものとなっています。また、建築物は利用価値のほか、金融資産としての価値があるという特徴があり、金融機関も重要なパートナーとなります。
従って、本基準の対象企業は、金融機関のほか、デベロッパー、オーナー・資産管理会社となります。なお、建築物と関連するサプライヤー・設計会社・建設会社・テナントは基本的に目標設定の対象外となります(図1)。

b. 建築物ライフサイクルを踏まえた対象区分
建築物のライフサイクルは、建材の製造から建築物の解体までのサイクルで、それぞれの段階でCO2等が排出されています。本基準では、“ライフサイクル思考”を採用し以下の3つの区分で排出目標を設定することになります。
①アップフロント・エンボディド排出(A1-A5):建築物の建材調達から施工までの「建設時」の排出。
②インユース・オペレーショナル排出(B6):使用段階で構築物を利用する際に発生するエネルギー
③インユース・エンボディド排出(B 1-B5):メンテナンス、大規模改修などに伴う排出

c. ビルディングセクター向けのSDA(セクター別脱炭素アプローチ)
SBTiは一般的なクロスセクターのSBT基準においては、基本的に絶対量の削減を目指す形となりますが、排出量の多い業界についてはセクター別にインテンシティに基づいていて目標設定することを求めています。排出総量の絶対値で目標を作ると、事業が拡大してもその目標が変わらず実質的に目標達成が厳しくなりますが、インテンシティであれば効率性を上げることと、事業拡大が両立しやすくなりますし、事業規模が異なっても比較可能であるというメリットがあります。
また、1.5度のパリ目標と整合的な排出経路を設定することにより、スタートラインのインテンシティに関わらず、2050年の目標に向けた水準に収束することが可能となります。
ビルディングセクターに対しては、次に説明する建築物のライフサイクルのうちインユース・オペレーショナル排出とアップフロント・エンボディド排出に関してSDAが設定されています。
なお、このSDAが適用されるのは、20%ルールが適用となる場合のみで、その他のライフサイクルはクロスセクターで使われる基準が適用となります。詳細は、本基準の最終章にフローチャートがありますので、ご確認下さい。
d. インユース・オペレーショナル排出のパスウェイ
インユース・オペレーショナル排出の削減目標を決定するパスウェイは、1.5度、2度目標に対して整合的な2050年までの床面積あたりの年間排出量上限で、SBTiの提供するツールでは、地域や物件タイプ、基準インテンシティ、目標年度を入力すると、削減目標のインテンシティが計算される仕組みとなっています。
このパスウェイは、欧州連合(EU)が支援するCRREM(Carbon Risk Real Estate Monitor)のパスウェイをベースとしています。2022年以降、欧州の機関投資家やGPIF(年金積立金管理運用特別行政法人)等の支援をうけ、日本を含め世界の不動産を対象に用途別に移行経路をモデル化し、すでに多くの金融機関や不動産会社で活用されています。
これまで、金融機関では不動産会社への投融資の脱炭素目標として、不動産会社では移行リスクを把握するリスク管理として活用されてきたパスウェイを、ビルディングセクターの目標設定に活用することにしたものです。
従って、SBTiの基準として適用が義務化されることにより、全体として建築物の利用時の排出水準が目標値に収束していくこととなります。また、基準となるインテンシティを上回る建築物やそれを保有・管理する不動産会社は、気候変動上の座礁資産化リスクを回避するための対策が必要となります。

e. アップフロント・エンボディド排出のパスウェイ
新規の建築物のアップフロント・エンボディド排出については、SBTiがコンサルティング会社のRambollと共同で開発したもので、1.5度目標に整合的なビルディングセクターへの炭素予算や今後の床面積増加の予想等を元に構築されています。こちらも、SBTiのツールが提供されており、基準年のアップフロント排出量等を入力すると目標値が自動計算される仕組みとなっています。
この目標設定方法の事例は少ない段階ですが、個別の開発物件ごとのアップフロントカーボンのインテンシティを脱炭素化のパスウェイと比較することで、投資家が開発投資案件の評価を行うことは可能となっています。
f. その他要求事項
ビルディングセクター基準の主な要求事項は、上記(2)のライフサイクル上のステージについて目標設定することですが、それ以外に、遅くとも2030年までに新規の石化燃料設備を導入しないことをコミットする必要があります。
建設会社への影響
本基準はデベロッパーや不動産管理会社を対象とする基準であるが、建設会社には直接的、間接的な影響が想定されます。
(1)[直接的影響] 本基準が建設会社に求めること
建設会社については、業態として対象外となっているが、ビルディングセクターの関係者として推奨されていることがある他、事業展開次第で例外的に本基準が適用になる場合があります。
a.ビルディングセクターの関係者として推奨されていること
建築物には多くの関係者が参画しているため、本基準においては目標設定の対象企業に加えて、設計や建設を担う企業に対する推奨事項が定められています。建築会社の場合、建築物のライフサイクル全体での排出量の削減にフォーカスし、GHG排出量、特に、エンボディド排出量の計測・開示の改善を進めることが推奨されています。
b.建設会社が本基準の適用となる場合
自社で不動産の開発事業を展開している場合や、自社が建築物を保有する事業を行なっている場合、デベロッパー、オーナーとみなされ、本基準を使うことが義務付けられます。
(2)[間接的影響]本基準が適用される顧客が建設会社に求めること
建設会社にとっての直接的影響は例外的と言えますが、重要で、かつ、無視できないことに関しては間接的影響になります。
本基準の対象となるデベロッパーや不動産管理会社は、本基準に基づくSBTの認定の取得・維持するため、建築会社に対して以下のような協力を求めてくると考えられます。
a. 低炭素な設計・施工
建設会社は、デベロッパーなど発注主のインテンシティ目標を考慮した対応が求められます。具体的には、建築物の省エネなど性能をインテンシティベースで評価することに加えて、アップフロントのエンボディド排出についてもインテンシティベースで提案することが求められます。
建設会社としては、ZEBやZEHといった省エネ構造の提案に加えて、低炭素のコンクリートや木造建築などの提案を行うことが必要となってきます。
b. エンボディド排出のデータ提供
建設会社は、設計段階だけでなく建材の製造段階や施工段階における排出量について、正確なデータを発注者に提出することが必要となってきます。
すでに、大手建設会社では、設計段階でライフサイクルでの排出量を計測するシステムの提供を始めています。こうしたシステムで、ライフサイクル排出量が「見える化」されると、建材選びの段階で低炭素建材の提供や施工段階での排出量削減が重要となります。特に、現場での排出削減努力やデータ対応力を、ビジネスのセールスポイントに変えていくことが可能になるでしょう。
c. 建設会社のKPIが変化
建設会社では省エネ目標としてのZEB率やZEH率が各社の目標設定で一般的になっていますが、今後、SBTiのビルディング基準やライフサイクル思考が定着すれば、インテンシティを活用した目標設定が主流化する可能性があります。
例えば、貢献度を年度の建築床面積に一般建築物とのインテンシティの差額と使用年数を掛け合わせたものとすることで、建設会社の年度を通じた脱炭素社会への貢献度が図れます。
SBTiが示すパスウェイに沿って目標を設定すれば、建設会社として求められる脱炭素の合理的な水準となり、金融機関等へアピール材料となるでしょう。
実務では何をすべきか
ビルディングセクター基準により、“ライフサイクル思考”でインテンシティ管理することが時代の流れとなり、以下の通り、建設会社の実務にも影響が与えられることとなります。
(1)設計部門
新規案件の設計においては、仕様などのデータに加えて、建築物のライフサイクルでの排出量を試算する必要があります。この点に関しては、国土交通省が検討を進めている「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価を促進する制度に関する検討会」でも議論されている内容ですので、計画的に進めていく必要があります。
また、パスウェイに応じて、インテンシティを下げていく必要がありますので、ライフサイクルの各段階での研究開発を進めていくことも求められます。
(2)調達部門
実際のエンボディド排出を削減するためには、設計上の仕様を満足させつつも低炭素となる調達が不可欠です。そのためには、建材メーカー等サプライヤーと連携した低炭素工法や建材の研究や、地場サプライヤー活用による輸送関連排出量の削減などを検討する必要があります。
(3)施工部門
施工段階では、建設機械の省力化・電動化や施工効率の向上等によるエンボディド排出の削減が必要となるとともに、建材の製造段階の排出データを含め正確に把握し、発注者に提供できるシステムを構築する必要があります。
なお、建材・設備のCO2等排出量原単位の整備に関しては、上記検討会において年度内に国の指針が整備される予定になっており、エンボディド排出量の精緻化が進む方向です。
(4)サステナビリティ部門
ライフサイクル思考とインテンシティ管理を時代の流れと捉え、関係部門で推進していくことが求められます。これまでの、自社の排出を目標とするのではなく、顧客の排出量にどれだけ貢献したかをインテンシティで管理できるようにKPIを変更する必要があります。
また、仕様段階の排出量試算だけでなく、実排出量を正確に算定するシステム作りが求められることになるでしょう。
ビルディングセクター向け基準は対象外だからということで片付けず、ライフサイクル思考とインテンシティ管理の考え方を理解することがビジネス上の武器となることでしょう。
[注] 本基準の正式名称は、SBTi Buildings Sector Science-Based Target-Setting Criteriaです。一部メディアで建設セクター向けという形で説明が行われていますが、建設会社向け基準ではありませんので、本レポートにおいては「ビルディングセクター向け」としています。

この記事の監修
高島 浩
サステナビリティ・エキスパート。農林中金グループで、サステナビリティの調査・コンサルに従事。元TNFDタスクフォース・オルタネイト・メンバー。現在は、個人でサステナビリティ関連新規事業の支援等を行う









