建築物のライフサイクルカーボン(LCCO2)をめぐる制度づくりが本格化しています。国土交通省は2025年6月、「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会(建築物LCA制度検討会)」を設置し、2028年度頃の制度開始を見据えて全6回にわたって議論を重ねてきました。
※建築物LCAとは、建築物を構成する各部材・設備の製造・施工・使用・解体に至るまでの建築物のライフサイクル全体において発生するカーボン(CO2)を算定・評価するもの。Life Cycle Assessmentの略。
本連載では、各回の議事録・配布資料をもとに、検討会の内容・今後の課題・建設実務者向けのポイントを解説します。
連載第3回は、2025年7月2日に開催された「第3回建築物LCA制度検討会」の内容を深掘り。今回は、制度の3本柱(実施ルール・表示・原単位データ(CO2排出係数))の内、「原単位データ」と「表示」に関する議論が進みました。特に重要なのは、LCCO2算定の精度と公平性を左右する「原単位データの整備方針」が具体化した点です。なかでも注目したいのは、「個社製品データ・業界代表データ・国のデフォルト値」の3層構造で原単位データを整備する方針が示された点です。この仕組みは、単なるデータ整理ではなく、企業の脱炭素努力をどこまで評価するかという競争ルールそのものを決めるといえます。
出典:国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会」
前回までの振り返り
第1回・第2回の検討会では、制度の3本柱である「実施ルール」「表示」「原単位データ」について幅広い論点が提示されました。まずは、これまでのポイントをおさらいします。
実施ルール(LCCO2を算定しやすくする仕組み)
・まずは大規模建築物を対象に段階的な拡充を検討
・算定の責任主体は建築主とし、着工前算定を制度の軸に据えつつ、「基本設計・着工前・竣工」の3段階で算定するイメージが整理された
・制度として義務付けるタイミングは着工前が最も現実的との見方が共有され、新築2,000㎡以上の事務所・学校・集合住宅等を対象とした着工前の算定報告義務が具体的な提案として挙がった
表示(算定結果を社会に見せる仕組み)
・ライフサイクル全体のCO2排出内訳を可視化する仕組みが望ましいとされた
・算定結果の表示については、自己宣言型からスタートし第三者認証は段階的に導入する方向性が有力。ただし金融機関からは第三者認証・グローバル基準との整合を求める声もあり、引き続き議論が必要
・LCA特化型の新制度とするか既存制度(BELS等)に統合するかは引き続き検討
原単位データ(算定の根拠となるデータを整備する仕組み)
・整備の優先順位・第三者認証の公平性・リサイクルの算定ルール統一が主な課題
・国が定めるデフォルト値の設定方法と、建築生産者・建材製造事業者間の対話の必要性が確認されている
過去の検討会の内容については、別記事にて解説を行っておりますので、そちらも参考にしてください。
>第1回検討会の解説記事はこちら
>第2回検討会の解説記事はこちら
第3回検討会の議論のポイント
第1回・第2回が制度の枠組みを議論したのに対し、第3回は「制度をどう機能させるか」、すなわちデータ設計の議論に踏み込んだ回です。第3回検討会での重要なポイントは、原単位データの整備方針が具体化し、データを「個社製品データ・業界代表データ・国のデフォルト値」の3層構造で整備する考え方が示されたことです。
この3層構造により、設計フェーズや建材の整備状況に応じて使えるデータを選択できるため、制度開始時にすべての建材で高精度なデータが揃っていなくても算定が可能になるという実務上のメリットがあります。
一方で、この3層構造は、単にデータの選択肢を増やすものではありません。どのデータを使うかによってLCCO2算定結果が変わるため、企業の脱炭素努力が「数値として可視化され、比較される」仕組みになります。特に個社製品データ(EPD・CFP)を持つ企業は、自社製品の優位性を直接数値で示すことが可能になる一方、デフォルト値を使用する場合は相対的に不利な評価となる可能性があります。
ここからは、「原単位データ」「表示」の2テーマに沿って、第3回検討会で議論された内容を詳しく解説します。
【原単位データ】3層構造の整備方針と欧州型デフォルト値の考え方
LCCO2算定の精度は原単位データの質に直結しますが、現状の産業連関表をベースにした統計データでは、個々の事業者の削減努力を算定結果に反映できません。そのため、カーボンフットプリント(CFP)や、環境製品宣言(EPD)などの積上型データへの移行が求められており、第3回検討会ではその整備方針として、以下の3層構造で整備する方向性が示されています。
①個社製品データ(EPD・CFP)
積上法による算定で、企業ごとの製品の環境性能を示す高精度なデータ。主に着工後の建材調達段階で活用され、個社製品の優位性を表現できる。EPDは第三者検証が必要。
②業界代表データ
業界団体が整備する業界平均値。建材・製品が確定していない基本設計・実施設計段階での活用を想定。個社製品データが存在する場合でも、業界代表データは引き続き必要とされる。
③国のデフォルト値(ジェネリックデータ)
①②がない場合の補完データとして国が定める。欧州では個社製品データより1.2〜1.3倍高く設定することでEPD・CFPの整備を促す仕組みが採用されており、日本でも同様のアプローチを検討している。
欧州で採用されているように、デフォルト値が個社製品データより高めに設定される場合、EPD・CFPを整備していない企業は相対的に不利な条件で評価されることになります。これは裏を返せば、「データ整備そのものが競争力になる」ことを意味しており、建材メーカーにとっては重要な経営課題となる可能性があります。
当面の過渡期については、EPD・CFP取得の負担を考慮し、簡易な自己宣言データや既存データの活用も認める方向性が示されています。
出典:国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会」ページ(第3回02_資料2_建材等CO2原単位の整備等に係る主な論点)
【原単位データ】各素材業界の現状と課題
建材・設備の原単位データ整備が制度の実効性を左右する一方、現場の準備状況は素材ごとに大きく異なります。空調・セメント・鉄鋼・木材・ガラスの5業界から情報提供が行われ、共通して浮かび上がったのは、プロダクトカテゴリールール(PCR)の未整備や、EPD・CFP取得に伴うコスト・人材面での負担です。
とくに、国産木材の炭素貯蔵(カーボンストレージ)をLCCO2算定にどう反映するかは、木材を多用するプロジェクトの算定結果に直接影響する論点として注目されています。また、空調機器の冷媒漏洩がエンボディドカーボンに計上される点も、設備選定の際に見落としがちな排出源として共有されました。
サステナブル経営推進機構(SuMPO)からは、建築分野のPCRは制度的には整備済みで取得可能な状況にあるものの、費用・人材面での負担が普及の障壁になっていることが報告されました。
【表示】自己宣言型スタートと段階的認証の方向性
表示制度の設計において、算定結果の正確さをどう保証するかは、制度の普及しやすさと信頼性のバランスに直結する論点です。
これについては第3回検討会でも引き続き議論が行われ、制度開始時は第三者認証を必須とせず自己宣言型でスタートし、段階的に認証を強化していく方向性が改めて確認されました。
ただし、金融機関からは第三者評価の客観性・グローバル基準との整合を求める意見が引き続き出されており、第三者認証をいつ・どのような形で義務化するかについては今後も議論が続く見込みです。
今後の課題
第3回検討会で深掘りされた論点をもとに、今後の実務対応を考えるうえでのヒントになりそうな課題をまとめました。いずれも第4回以降の検討会で議論が予定されており、動向を追っておく価値がありそうです。
国のデフォルト値の水準設定
欧州型(個社製品データより高く設定)のアプローチを採用するかどうか、また具体的な係数の水準をどう定めるかが今後の焦点です。
素材・業界ごとのPCR・EPD整備の加速
PCRが未整備の素材ではEPD取得自体ができない状況があります。空調など整備が進んでいる分野と遅れている分野の格差をどう解消するかが課題です。
過渡期における自己宣言データの扱い
2028年度の制度開始時点ではEPD・CFPが揃わない素材が多いことが想定されます。自己宣言データの信頼性確保と、正規データへの移行促進をどう制度に組み込むかが問われます。
建設実務に効くポイント
第3回検討会で挙がった論点を踏まえ、建設実務者が今知っておきたいポイントをまとめました。
原単位データの3層構造を把握する
算定に使えるデータは「個社製品データ・業界代表データ・国のデフォルト値」の3段階で、精度とコストのバランスが異なります。自社プロジェクトの設計フェーズや用途に応じて、どの層のデータが使えるかを事前に確認しておくことが重要です。
使用データが「評価結果」を左右することを理解する
LCCO2算定では、どの原単位データを使うかによって結果が変わります。設計段階で使用するデータの選択が、そのまま建築物の環境性能評価につながるため、データ選択の考え方を確認しておく必要があります。
自社が扱う建材・設備のPCR・EPD整備状況を確認する
素材業界ごとにEPD・CFPの整備状況は大きく異なります。自社が扱う建材・設備のPCRが整備済みかどうか、業界団体の動向も含めて把握しておくことが重要です。
木材の炭素貯蔵の扱いに注目する
国産木材を活用するプロジェクトでは、木材のカーボンストレージがLCCO2算定上どう評価されるかが、算定結果に影響を与える可能性があります。算定ルールの確定状況を注視しておきましょう。
まとめ
第3回検討会では、原単位データの整備方針として3層構造の考え方と欧州型デフォルト値のアプローチが示されました。特に3層構造の導入は、単なるデータ整備ではなく、企業の脱炭素努力が数値として評価される仕組みの構築を意味します。どのデータを使うかがLCCO2算定結果に直結する以上、自社が扱う建材・設備のEPD・CFP整備状況を早めに把握しておくことが、実務対応の第一歩となりそうです。
第4回検討会(2025年8月4日開催)では、「実施ルール」の骨子が初めて提示され、まずは大規模オフィスビル等を対象にLCCO2算定を義務付け、段階的に削減規制へと移行するロードマップの考え方が明確になりました。これらの内容については次回の記事で改めて整理しますので、ぜひ続編もご参照ください。
出典:国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会」ページ(中間とりまとめ 2026/1/28 公表、最終確認:2026/4/6)

この記事の監修
リバスタ編集部
「つくる」の現場から未来を創造する、をコンセプトに、建設業界に関わる皆さまの役に立つ、脱炭素情報や現場で起こるCO2対策の情報、業界の取り組み事例など、様々なテーマを発信します。









