サステナビリティ開示の国際基準であるISSB基準の国内適用への政策対応が最終段階を迎えています。本年2月には金融庁が、「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正を行いました。これにより、今後、大手企業から順次、有価証券報告書(有報)において国内基準に基づいてサステナビリティ開示が義務化されていきます。
○東証プライム市場におけるSSBJ基準義務化ロードマップ

(出所)金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」報告書より著者が作成
本レポートにおいては、ISSB基準および国内への適用に係る論点や投資家の期待を整理の上、今後、プライム市場に上場する建設会社が特に留意すべき点を確認していきます。
目次
ISSB基準とは何か

ISSB基準については、本CO2メディアでも徹底解説を行なっていますが、改めて整理します。ISSB基準は、IFRS財団が2022年に設立したサステナビリティに関する財務情報を統一的な基準で開示するための組織ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が策定したサステナビリティ開示基準です。なお、IFRS財団の傘下には、IASB(国際会計基準審議会)があり、ISSBと連携することで、財務会計と整合性の取れた統合的な開示を促進しています。
ISSBは、すでに先行し広く活用されていたTCFDのガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4つの柱の枠組みを基本とし、投資家にとって企業のサステナビリティの活動を定量的に比較可能となるような形に整理した国際基準を作成しました。本レポートでは、ISSB基準と総称しますが、サステナビリティ全体についての開示基準のIFRS S1と気候変動に特化した開示基準のIFRS S2から構成されています。
ISSB基準は2023年6月に公表され、その後、各国においてこの基準をサステナビリティ関連の財務開示として、国内法制への対応が図られているところです。なお、昨年6月現在で、日本を含め36カ国で導入完了ないしは法制化手続きが進められています。
国内動向:法制化のロードマップ(開示+保証)

国内における法制化は以下の手順を踏んで進められました。
まず、最初に、ISSB基準を国内に適用した際に開示の受け皿となる有価証券報告書の充実も金融庁を中心に進められ、2023年3月期以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書からサステナビリティに関する企業の取組が開示されることになりました。この段階では、ISSB基準が発表されていませんでしたので、企業は基本的にTCFD開示で行なっている任意開示の内容を有価証券報告書に記載する形で対応をしてきています。
こうした中、前述の通り、2023年6月にISSB基準が発表され、昨年3月には国内版のサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)が公表されました。SSBJ基準は、国内の慣習に合わせた若干の追加項目などがありますが、ISSB基準と同等のものとなっています。詳しくは、以下の徹底解説をご覧ください。
徹底解説=SSBJとは?開示項目の基準や義務化の流れ、対策に必要な要素を解説!
徹底解説=ISSBとSSBJの違いとは?開示基準・適用範囲・企業対応を徹底比較
国内適用への最後のプロセスは、SSBJ基準の国内法制上の位置付けと保証のあり方を整理することです。これについては、金融庁の金融審議会サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループにおいて、SSBJ基準の開発と並走する形で検討が進められました。国内におけるサステナビリティ開示状況や欧州他主要国での開示動向を踏まえて対応の方向性が検討され、本年1月にプライム市場上場企業を対象に、時価総額の大きな企業から順次、SSBJ基準に準拠して有価証券報告書を作成することを義務付ける報告書が整理されました。この報告書を受け、冒頭に記載した内閣府令が公布されています。なお、株式時価総額5,000億円未満の企業へのSSBJ基準の適用と第三者保証の導入は適用義務化に向けた検討事項となり、プライム市場上場企業全体への義務化は将来の課題として残されました。
以上が国内での法制化の動きです。それでは、法制化(開示の義務化と保証の導入)を受け、企業はどのような対応が求められるのでしょうか。有価証券報告書という法定開示書類に基準に基づく開示の義務を負うということは、これまでの記載内容とは位置付けが変わりますし、TCFD開示の焼き直しという訳にはいきません。以下の説明では、投資家の意見を踏まえつつ、対応上の留意点を整理していきます。
| コラム ISSB基準とTCFDは別物!?
国内におけるISSB基準の国内への適用を考える上で、ISSB基準とTCFDとの違いがあるについて理解することが重要です。 TCFD(気候変動財務情報開示タスクフォース)の提言は、G20財務大臣・中央銀行総裁の意向を受け作成されたもので、2017年6月に最終報告書が公表されています。この発表を受け国内においては、経済産業省により「環境と成長の好循環」の実現に向けた取り組みとして推進されました。2019年5月には、TCFD 提言へ賛同する企業や金融機関等が一体となって取組を推進するためのTCFDコンソーシアムが設立し、企業のTCFD賛同を後押ししていました。そのため、賛同企業数は1,500社弱まで拡大し、世界の賛同数の3割を占めることとなっています。 つまり、国内のTCFD開示においては金融リスクへの対応というよりは、成長戦略として推進された経緯があるので、金融リスクに焦点を当てたISSB基準とは立ち位置が異なっている可能性があります。「TCFDに賛同している」ので問題ないと捉えず、別物であると認識して対応する必要があります。 |
投資家はどこを見る?好事例集から読み解く評価軸
投資家の期待を具体的に理解するためには、企業の開示内容をどのように評価しているかを確認することが有用です。金融庁では、投資家と企業との建設的な対話に資する充実した企業情報の開示を促すため、「記述情報の開示の好事例集」を2018年から毎年公表しています。この事例集は、金融庁が主催する勉強会に参加した投資家・アナリスト・有識者の意見をもとに作成されていますが、2022年以降は、サステナビリティ情報に関しての好事例についても公開しています。
昨年12月に公表された「記述情報の開示の好事例集2025(サステナビリティ情報の開示)」では、上記に記載したサステナビリティ開示基準の導入を踏まえて、今後の開示に向けて投資家が期待する内容についてのコメントが多く記載されています。特に、投資家が理解しやすい開示内容とするため、投資家が主に利用する有価証券報告書(法定開示)と多くのステークホルダーを対象とした統合報告書(任意開示)との役割を明確に整理すべきであるとのコメントが出されています。
また、SSBJ基準への準拠が現状求められていない企業においても、「SSBJ基準の定義に沿って財務的な重要性のある情報として開示することが望ましい」との意見表明がありました。これは、SSBJ基準の定義で開示をしていないことは、財務的な重要性のある情報が記載されていないと投資家から見做される可能性を排除できないということを示唆しています。
プライム上場の建設会社の場合、過半以上が時価総額5千億円未満で開示義務化時期は未定でありますが、任意開示に向けた課題整理や計画策定は不可欠と言えるでしょう。
建設会社が詰まりやすい“有報サステナ開示“の2つのポイント

ここからは、金融庁の好事例集を踏まえて、サステナビリティの専門家で金融機関出身者として小職より、建設会社が特に留意すべき2つのポイントついて確認します。
マテリアリティの意味合いが異なる点
マテリアリティ(重要性・重要課題)に関しては、様々な定義が存在しますが、ISSB・SSBJ基準のマテリアリティは、以下の通り、財務会計と同等の定義となっています。
| 「重要性がある」とは、サステナビリティ関連財務開示の文脈において、ある情報について、それを省略したり、誤表示したり、不明瞭にしたりした場合に、財務諸表及びサステナビリティ関連財務開示を含む、特定の報告企業に関する財務情報を提供する当該報告書に基づいて財務報告書の主要な利用が行う意思決定に影響を与えると合理的に見込み得ることをいいます(適用 基準 4項(7))。 |
これは、会計上の用語で難しい表現ですが、記載しないと財務報告書の利用者に影響を与える課題(リスクと機会)は重要性のある情報であるという意味です。統合報告書などで記載が見られる『気候変動対応への貢献』といった社会貢献の意識の高いマテリアリティとは異なり、ストレートに企業の財務に影響を与えるリスクと機会を開示することを求める内容です。
多くの企業が統合報告書においてGRIなどの二軸モデル(社会影響✖️企業影響)を用いて社全体のマテリアリティを整理し、TCFDにおいてもこのマテリアリティに基づいて、リスクと機会を具体的に記載していると思います。ISSB・SSBJ基準では、基準に明記されたルールに基づいて企業に与えるリスクと機会を評価することになります。金融庁の好事例集の投資家コメントに有価証券報告書と統合報告書の役割の整理とはこうした事情を踏まえたものと言えます。
建設会社の多くは地域経済活性化の牽引役を果たしており、気候変動対応は「社会貢献・地域貢献」の側面が強くなりがちですが、有価証券報告書上のサステナビリティ開示においては、SSBJ基準に定められた方法で自社の財務にとって重要なリスクと機会を整理することになります。そして、それを投資家に伝わる表現でストーリー化することが重要です。SSBJ基準の検討にあたっては、これまでのTCFD対応とは異なるマテリアリティの考え方の違いを関係者間で共有しておくことが不可欠です。
建設会社特有の算定課題
SSBJ基準が義務化されると、その翌年からCO2排出量等について登録保証業務実施者の第三者保証が必要となってきます。前述の好事例集の投資家の期待ポイントでも、開示プロセスを整備し、開示情報の合理性と算定方法の検証を早期から開始できるように工夫することが必要との投資家コメントが出されています。
特に建設業では、プロジェクトごとに施工場所や担当者が変わることが多く、データ収集の標準化や精度確保が難しいという業界特有の課題があると思います。この課題をエクセルで現場からのデータ入手し管理する方法では、早期に第三者が検証可能な形の対応は不可能と言えると思います。現場でのデータ入力のシステム化や施工管理データや購買データなどとのデータ連携が不可欠です。開示に向けた準備において、必要なシステム対応をセットで検討することが必要となると思います。
▼建設業界特化型 CO2算定サービス「TansoMiru(タンソミル)」

任意開示でも「有報品質」が企業価値を左右する
欧米では反ESGの動きもあり、サステナビリティ開示は曲がり角に来ていると見方もあります。こうした動きを受け、まだ義務化が決まっていない株式時価総額5,000億円未満のプライム上場企業の中には、SSBJ基準での任意開示の優先度を下げる企業も出る可能性もあるかと思います。
政治や規制の世界では確かにサステナビリティ開示が曲がり角にあることは否定できませんが、年金基金などのアセットオーナーのサステナビリティを重視する姿勢に変化はなく、世界のアセットオーナーの85%は気候変動を主要なリスクとして認識しています。そのため、今後とも投資先企業に対して気候変動を中心にサステナビリティのリスク情報やデータを求める動きは規制に関わらず継続すると考えられます。
ISSB・SSBJ基準で求められるデータは決して容易に入手できるものではありませんが、基準になったことで投資家が基準以上のデータを求めることは考えられず、まさしく、グローバルなベースライン(“最低ライン”ないしは“共通言語”)ができたと言えます。まずは、これまで財務・管理・サステナビリティなど様々な部門に分散しているデータやリスク情報などをSSBJ基準に照らし確認を行い、ギャップを把握する必要があると思います。
2026年3月期からSSBJ基準で任意開示する企業が増加すると思われます。大手企業の開示や同業他社の開示を参考にしつつ、この夏をSSBJ基準の任意開示の自社ロードマップを作成するタイミングとしてはいかがでしょうか。
義務化されなくとも、有価証券報告書上で「サステナビリティに関する考え方及び取組」について記載は必要になります。自由演技で記載するよりは、SSBJの作成要領を考慮した記載に近づけた方が、有価証券報告書の質の向上、ひいては企業価値に直結するはずです。

この記事の監修
高島 浩
サステナビリティ・エキスパート。農林中金グループで、サステナビリティの調査・コンサルに従事。元TNFDタスクフォース・オルタネイト・メンバー。現在は、個人でサステナビリティ関連新規事業の支援等を行う







