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COP30で注目されるTNFD

本年11月にブラジルのベレンで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)において、TNFDが注目を浴びています。
TNFDとは、自然(Nature)に関してTCFDの4つの柱を踏襲した枠組み開示する生物多様性版TCFDと言えるものです。TNFDに関しては、これまでCO2メディアにおいても、解説記事を掲載してきました¹。この枠組みの特筆すべき点として、自然や生物多様性と経済活動との関連性を説明するにあたり、生態系サービス、すなわち自然の恵みへの事業の依存とインパクトという考え方を導入した点にあります。これにより、企業経営者・投資家は複雑な自然と事業との関係を比較的シンプルな形でリスクと機会を分析・評価できるようになりました。こうした特徴もあり、TNFDを開示枠組みとして採用する企業数は増加しており、COP30の開催時点で733社が開示済み、ないしは今後開示すると発表しています。
また、COP30においては、サステナビリティ情報開示の国際基準を策定するISSB(国際サステナビリティ基準審議会)がTNFDをベースに自然関連の情報開示を充実させる基準案を来年中に策定すると発表しました。これも、気候変動だけでなく自然も統合的に対応するという最近のトレンドを後押しするものとなっています。
建設業界が見出すTNFD開示のメリット
日本はTNFD開示のホットスポット 建設・不動産業界は開示に積極的
あまり知られていませんが、日本はTNFD開示のホットスポットです。TNFDの検討当初から、食品・建設の大手がTNFD開示を進めており、先ほどの言及した733社のうち実に210社が日本の企業で圧倒的な存在感を示しています²。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を含むアセットオーナーの関心も高い状況です。さらに、GPIFが2024年度サステナビリティ投資報告でTNFD開示の優良事例を公表したことが、ISSBが自然関連開示の充実に関する決定を後押ししたと言われています。これほど、日本の企業・アセットオーナーが影響力を与えたことは、これまでありませんでした。また、建設会社・不動産会社も積極的にTNFDに開示を行なっています。GPIFのレポートによれば、運用会社から「優れたTNFD開示」³として選ばれたのは国内28社で、建設業界からは大林組、清水建設、住友林業が、不動産業界からは、東急不動産ホールディングスと三井不動産が選出されています。建設業界にとっては日頃から、環境に配慮した建設に心掛けていることもあり、TCFDよりはTNFDの方が自社の取組みがアピールしやすいという面もあります。
¹ CO2メディアby RVSTA「TNFDで推奨される情報開示とは?4つの基本項目と評価プロセスを解説。
https://www.tansomiru.jp/media/basic/mag_2552/
² TNFD採用を表明した企業名は検索可能な形でTNFDのウェブサイトに掲載されているため、是非確認されたい。
https://tnfd.global/engage/tnfd-adopters-list/
³ 優れたTNFD開示の会社名はGPIFの2024年度サステナビリティ投資報告の75ページに記載されている。
https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2024_sustainability.html
建設業界の自然との関係
建設業界は、農林漁業や食品飲料などの業界と同じく自然に対して直接的に大きく依存しているし、木材などサプライチェーンを通じた自然への依存度も高くなっています。また、施工において自然の変化に直接影響を与える土地利用の変化、CO2排出や汚染に無関係ではありません。自然の恵みの恩恵を受けている業界だからこそ、ネイチャーポジティブに向けた取り組みが必要であり、多くの建設会社で自然との共生をサステナビリティ目標として掲げているところです。
積極的に取り組む理由
それでは、TNFDに取り組むことのメリットはあるのでしょうか。先進的な企業開示をしている企業のTNFD開示や彼らの発表などを見ていると、以下のようなメリットがあると要約できます。
① 環境全般を対象とするため経営ビジョンとリンクしてやすい
②現場の取組みとリンクしやすい
③自然関連のビジネスチャンスが多い
メリットをそれぞれ見てみましょう。
①環境全般を対象とするため経営ビジョンとリンクしやすい
TNFD開示は、ネイチャーポジティブだけでなく、気候変動や資源循環のテーマを含めた開示の枠組みであることから、自社の環境方針、ひいては、経営戦略における課題意識とリンクしやすくなります。事業の気候変動との関わりだけでなく、自社が生態系サービスからどのような恩恵を受けているか、排出量だけでなく、排水量、汚染、土地利用など自然環境に対してどのようなインパクトを与えているかを把握することで、事業と自然との関わりを理解でき、将来の事業展開における論点整理がしやすくなります。
②現場の取組みとリンクしやすい
建築物のライフサイクルをみると、建物の解体以外に様々な廃棄物が発生している。建設廃棄物は日本の産業廃棄物の約2割を占めています。一方で、現場での様々な対応もありリサイクル率が97%とリサイクルが進んでいる分野にもなっています。これには、現場の努力のほか、技術開発の成果と言える部分が影響しているのでしょう。TNFDの枠組みは、こうした現場や開発部門の取組みをアピールするものであるとともに、汚染除去など現場と共通認識を持ちながら進めやすくなります。
③自然関連のビジネスチャンスが多い
現在、街の緑化だけでなく、自然を取り入れた建築などグリーンを意識した建築物が増加しています。また、国土交通省もグリーンインフラによる「自然と共生する社会」を推進しています。こうした取組みは、自然の様々な機能を活用しているもので、気候変動への対応だけでなく、ネイチャーポジティブの実現に貢献しています。建設各社にとってネイチャーポジティブに貢献できるビジネスに成長しうるものでしょう。
分析など複雑だからこそある取り組むことのメリット

自然関連の開示は、TCFDより開示要素が多い
TNFD開示に向けて取り組むことの必要性とメリットは理解できるが、自然は複雑でTCFD以上に難しいのではないかと懸念する担当者が多いのではないでしょか。また、経営層の理解を得られたとしても、少ない人材でどのようにこなせばいいのかという意見もあります。各々抱える課題は様々だが、すでに建設大手や不動産会社がTNFDの開示を開始していることを踏まえると、早期に着手することが望まれています。
なお、複雑だからこそ、環境省をはじめ関係機関が様々なハウツー資料を発表していので、過度の懸念は不要です。むしろ、以下に説明する論点を踏まえると、投資家・金融機関ほかとの連携など、メリットは多くあるとも言えます。
論点1:協業を求める投資家のスタンス
複雑であることの利点の一つには、投資家が企業をネイチャーポジティブの実現するためのパートナーとして見ている点があります。地域やバイオームにより大きく異なる自然を相手にするのは投資家にとっても難しいことです。投資家はこのテーマについて、まず企業が定性的でもいいので積極的に開示してもらい、企業の開示を見ながら自らの分析方法を充実させていく姿勢です。つまり、ネイチャーポジティブについて企業と対話を進めることそのものが、この課題への解決策になるとの思いを強く持っています。
気候変動対応においては、CO2排出量が投資判断に影響を与えるが、TNFDでは複雑さ故、むしろネイチャーポジティブ社会を実現するため、協業するという方向に進みやすくなります。また、企業にとっても、初期的な開示であっても企業と投資家の間での対話を進めることが可能で、投資家の評価を踏まえつつ段階的に進めることができるのではないでしょうか。
論点2:ネイチャーポジティブに資する建築会社が持つ技術への関心
前項で説明した協業姿勢は、銀行などの金融機関においてはより鮮明になります。例えば、小職も以前関与したFANPS(ネイチャーポジティブの実現に向けた次世代金融アライアンス)は、住友三井ファイナンシャルグループ、MS&ADホールディング、日本政策投資銀行、および農林中央金庫の4金融機関が、企業のネイチャーポジティブに向けた取り組みへの支援と国内の機運醸成のために設立した連携体です。このFANPSでは、企業がネイチャーポジティブに向けた取り組みを推進するに当たって実現可能な技術を、環境関連の専門家のレビューを加えてカタログとして発表しています。本年10月に発表された第二弾のソリューション・カタログでは、自然関連の測定・評価技術とネイチャーポジティブに関連する99の技術が整理されていますが、うち20件以上が建設業界の技術となっています。これまで社内で蓄積された技術が、環境の専門家の解釈を加えた形で発表され、これまでと異なる市場で展開されることで、新たな協業やネットワーク化につながる可能性が拡大するのではないでしょうか。
主流化するTCFDとTNFDの統合
自然と気候変動の統合的アプローチが主流化しつつある
第二章で複数の環境課題を一体として捉えることの戦略策定上のメリットを説明しましたが、それはステークホルダーとの関係においても同様です。複数の環境課題がある中で気候変動の課題のみ語っても多くの関係者の共感が得られるとは限りません。複雑な環境課題を共通のプロセスで分析し、課題間の関係性を整理した情報で対話する方が効果的です。
先進企業は、TCFD/TNFD統合開示を実施
TNFDはTCFDを参考にして枠組みが構築されたと述べましたが、加えて、TNFDとTCFDとの統合開示を視野に作成されています。統合することで、ガバナンスやリスク管理に関して共通して記載することで記載内容の重複を防ぎ、リスクや機会について不自然な切り分けをする必要性が無くなります。例えば、木材木質建築のビジネスチャンスは、気候変動に配慮したしたものと言えますが、同時に自然資本の保全・改善、循環経済の推進にも寄与する対応策とも言えます。2024年度の開示をみると、建設業界では住友林業がこの統合開示のアプローチを採用しています。採用した企業の感想は総じて良好で、自社の環境関連の課題を説明しやすくなることや、開発した、ないし、開発中の技術についてメリットが説明しやすくなるなどの意見が多いようです。
また、今後国内で導入されるサステナビリティ関連財務開示のコアコンテンツは、一般基準、気候基準ともTCFDの4つの柱を基盤として採用していますが、有価証券報告書の記載においては、一般基準で記載した上で、特に気候基準で求められている内容を追加するという形になると思われます。つまり、TCFDとTNFDの統合的開示と同様の考え方で、今後導入されるサステナビリティ情報の開示義務化の準備ができるとも言えるでしょう。
まとめ
ここまで、気候を超えて自然全体の取り組みを行うことの戦略的な利点について解説してきました。最後に残る課題は、現実的にはリソースが限られる中でどこまで開示すればいいかという点になるかと思います。
実際に、TNFDのタスクフォースメンバーのこうした意見をふまえ、TNFDを開始するステップを文書化し発表しています。その資料では、場所を特定し、自然との関係つまりビジネスケースを社内で議論、取り組みの賛同を得るステップが記載されています。実際、東急不動産は、まず広域渋谷圏の分析およびその結果報告を進め、年次を追うごとに、TNFDの提言内容に沿う形で拡大していきました。
事業と自然との関係を整理することで、経営戦略上の位置付けも明確になるし、各部門の役割も明確になります。さらに、対外的には企業の持つ技術が従来と異なるネットワークで着目される可能性も高まる。TNFDの開示に着手した企業の多くは、こうしたメリットを感じているのではないでしょうか。
気候変動と自然劣化への統合的対応の必要性は、ブラジルのベレンで開催されたCOP30でより鮮明になりました。自然との関わりの多い建設業だからこそ出来ることも多いと思います。経営戦略上の位置付けはますます高まっているのではないでしょうか。

この記事の監修
高島 浩
サステナビリティ・エキスポート。農林中金グループで、サステナビリティの調査・コンサルに従事。元TNFDタスクフォース・オルタネイト・メンバー。現在は、個人でサステナビリティ関連新規事業の支援等を行う








